美ら島物語デイリーコラム『今日の宮古島』ライターの蒼さんは、ラジオで泡盛の番組のパーソナリティーをしていて、泡盛にまつわる話しを取材して放送していますが、その蒼さんから「森山、まぼろしの酒の取材があるから、飲み行こう」とお誘いを頂いたので、行ってきました宮古島。
泡盛『幸姫』
宮泉酒造場
宮古島に『幸姫』という名の泡盛があった。
あった、というのは今はないということ。
なぜなら、廃業してしまった酒造場の銘柄だから。
子供たちが大学を卒業して医者となり、後継ぎがいなくなったし、他人に難儀もさせたくないから廃業を決めました。
また、酒造所を買い取りたいという話しも来ましたが、他人がやっても自分のところの味はもう出せない。と思ったので断りました。
なぜなら、研究熱心で好奇心旺盛な家族で味を作ってきたからなのです。
私と息子たちで顕微鏡を見ながら黒麹菌の様子を観察して、データを取りつづけているうちに麹の良し悪しがわかるようになり、できるであろう味がほとんど予測できたからなのです。
好きだからできたけど、あのノウハウは、データを見ただけでは確立できないし、受け継ぐことはできないものでした。
酒造りの行程をいくら機械化しても、最後は人の手に委ねられているところがあるからなのです。
麹棚の米を手で触って直感的に判断したり、温度や湿度など、計器の表示が正しいかどうか、信用してよいかは人の判断。何かがおかしいと思ったら、人が調べて答えを出す。
そうしないと、酒も死んでしまう。機械のデータを信じて異変に気付かず、死んだモロミをほっておいたらロスになるし、その分を税務署に失敗したと報告書を提出しなくてはいけないし余計忙しくなって大変なことになりますから。
蔵元は儲かると思われていましたが、いいものを作るにはお金も時間もかかる。それでもいいものを作って売っていると、なかなか儲からない。
それだから重機のオペレータも兼業していました。
息子たちにはこんな難儀はさせたくないという思いもあって、廃業したのですが、それでよかったと思っていますよ。
酒造りに携わることができて、幸せでした。
最近は、麹に手を入れても蒸した米か蒸していないかわからん酒職人もいるらしいが、それではいい酒はつくれませんよ。
それに、もろみ酢の原料を作るために酒作るようじゃ、酒に失礼だし(苦笑)。
ところで、『幸姫』という美しい名前はどうやって産まれたのですか?
酒は男が飲むもの、という社会が続いていたましたが、これからは女性も酒を飲む時代が来る。女性にも気軽に手にとってもらえる酒にしたいと思い『幸姫』と名づけました。
その『幸姫』を少しだけいただきましたが、すっきりさわやか、風味まろやか。静かな熟成を遂げた上品な仕上がりでした。
『幸姫』は、今ではその存在も忘れ去られた泡盛だけど、廃業したときに残った課税後の泡盛を、息子たちが里帰りしたときに飲んで持たせるのが楽しみです。
家族で造ったものだから、家族で飲んで終わらせたい。思い出として残したいから。
そんな思いが伝わってきました。
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