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沖縄の島唄巡り 恋ししまうたの風 〜南の島々のうたを訪ねて:第29回「大東島」(南大東島)

島の歴史4800万年、人の歴史100年の沖縄一フレッシュな大東島

沖縄本島から東へ約360キロ離れたところに位置する南大東島は、沖縄県島尻郡に属する一島一村の島。
島の約8km北には兄弟島の北大東島が、南に約160km離れたところには現在無人の沖大東島が浮かびます。これら3つの島をあわせて「大東諸島」と呼ばれています。

大東諸島は約4800万年前、現在のニューギニア諸島付近で火山島として誕生しました。3つの島はフィリピンプレートに乗って長いながい永い歳月をかけて太平洋を北上し続け、3,200kmも離れた現在の位置に至りました。諸島は現在も1年間に約5cm沖縄本島へ向かって移動し続けているそう。大東諸島は地球の歴史とともにずうっと海上を旅し続ける島々なのです。

南北大東島の存在は、沖縄本島で暮らす島人たちから古来より知られ、遥か東にある大きな島、「ウフアガリジマ(大東島)」と呼ばれていました。
1820年、ロシア海軍の艦船・ボロジノ号が大東島を発見。船名にちなんでボロジノ諸島として正式に英国海軍の海図や欧米の地図に登場しました。洋名「ボロジノ島」、和名「大東島」は、1879年に沖縄県が設置され、1885年に日本の領土となりました。

南大東島の“人の歴史”のはじまりは1900年1月23日。伊豆七島八丈島出身の玉置半右衛門氏(1838〜1910年)と23人の開拓者たちが上陸した日です。南大東島はサトウキビを基幹産業に開拓、発展して来ました。6字から成る南大東村は現在約1,300人の方が暮らしています。
一方、北大東島は3年後の1903年が“人の歴史”のはじまり。燐鉱採掘が中心となった島には、現在約500人の方が暮らしています。
今回は南大東島へ取材に訪れましたので、以降、南大東島についてお届け致します。

南大東島へは乗客約50名乗りの琉球エアーコミューター(RAC)で、那覇から直行便で約70分で到着。荒々しい紺碧の海に囲まれた南大東島は周囲20.8km、面積30.74ku。サンゴ礁の堆積によってできあがった楕円形の島である南大東島は、大東諸島のなかで最も大きく人口の多い島。
開拓当初は八丈島出身者が多かった島には、次第に沖縄県内各地から開拓移住者が集まりました。おもに久米島からの移住者の方が多く、島の約1割が久米島ルーツだそう。
学校は幼稚園・小学校・中学校がひとつの敷地内にあり、0〜15歳で約200人の元気な子どもたちがいるそう。子宝に恵まれた島と言えます。

4800万年間、一度も他の大陸や島とつながったことがない島は固有種の宝庫。動植物に関心の高い方にはたいへん魅力的な島といえるでしょう。
120もの鍾乳洞があると言われるなかで最大の鍾乳洞である星野洞、切り裂かれた岩の間にダイドウビロウがそびえ立つ神秘的なバリバリ岩をはじめ、島の悠久の歴史を感じることができる自然に触れることができます。

沖縄では珍しい“漬け寿司”である大東寿司があり、豊年祭では山車が曳かれ神輿が担がれ、江戸相撲と沖縄相撲が行われます。沖縄県内で江戸相撲が行われているのは大東だけだそう。大東は、八丈島のヤマト文化と沖縄文化が入り混じったまさにチャンプルーな島なのです。

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(2014.1.29掲載)

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