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第9回「世界のウチナンチュー見聞録」

驚いた事にどの国の沖縄県人会施設も立派でなにより他府県の県人会よりもユイマール精神で強い結束力で結ばれている事であった。
なので、沖縄の裏側の南米にやって来ているのに、沖縄の親戚の家に遊び来たような心地いい錯覚を覚えた。いっぱいお話も聞いた、ここでは書けない様な苦労話も聞いた。

南米の広大な大地にしっかりと根を張った世界のウチナンチューだが、故郷沖縄への思いも計り知れない、それ故に沖縄の三線や伝統芸能がしっかりと受け継がれていた。私の初海外は、もうひとつの沖縄を知る旅であった。

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昨年りんけんさんから「ひろしハワイ行くねー」との電話。私はコバンザメの如くりんけんバンドに帯同してハワイに飛んだ。

沖縄から最初の本格的な移民の地がハワイで1900年(明治30年)オアフ島のホノルル港に26名のウチナンチューが降り立ったのがハワイのウチナンチューの歴史の始まりとされている。もちろんウチナンチューは大活躍でそれらを証明するように25年前から「沖縄フェスティバル」を開催している。
昨年はフェスが25周年と言う事でりんけんバンドが招待されたのであった。

フェスティバルの一週間前からワイキキのメインストリートにはフェスティバルを告知する美しいフラッグが飾られ初日には、ワイキキのメインストリートを沖縄の訪問団500名、北米県人会100人らとハワイのウチナンチューがホノルルポリスの白バイの先導でパレードを行うのだ。

カチャーシーやパーランクーを打ち鳴らしながフラも踊りながら、ロコや観光客の拍手喝采を受けて。民謡花やからもとびきりの笑顔をロコ達に向けていた。

フェスティバル2日目のメインアクトはダイアモンドヘッドを背にした野外ステージでのりんけんバンドのコンサート。
はじめ芝生に座っていた観客も曲が進むにつれ立ち上がり、ステージ中盤からエンディングまでチャーシ大会のごとく盛り上がったマハロ。

余談であるが在任中だったクリントン大統領もフェスティバルに訪れ、会場で売られていた沖縄ドーナツ(サーターアンダギー)をいたく気に入り、翌日も秘書官がクリントンの命をうけて買いに来てたそうだ。

最後に
プチプチとシマグラファー指南。
沖縄は冬でも鮮やかな花が咲き誇る島、なので花の写真を撮る装備で島に訪れるのも、ウインタートロピカルって感じでいいですな。

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沖縄を伝える〜風景〜
(2008.12.16掲載)
美ら島物語「シマグラファー道場」第9回「世界のウチナンチュー見聞録」